ぼくがまだずうっと小さかった頃、寝こんでいて、外は雨が降っていて、
 しとしと続くその音を聞いてるうちに何だか泣きたい気持ちになったのを覚えてる。
 雨の音に紛れて子どもが、今のぼくと同じくらいの子どもがやって来た。
 頭を撫でて、ゆっくり、ゆっくり、と言って、真っ黒い瞳がゆるんで、ぼくはゆっくり眠った。
 雨があがった頃にはぼくの泣きたい気持ちはあの子が持って行ったみたいになくなってた。

                        訪問者

 忍術学園に入って、雨の日、ぼくはまた寝こんでいて、新野先生の苦い苦い薬湯を飲ませた後に、伊作先輩が口をあけて、と言った。
「ゆっくり、ゆっくり舐めるんだよ」
 きんいろのあめがぼくの口の中から消える頃には、雨もあがって、ぼくは元気になってるって知っていた。




























 僕がまだずっと小さかった頃、山で迷子になったことがあるのを覚えてる。
 暗い山は何かばけものが潜んでいるようで、僕は父ちゃんを呼んで母ちゃんを呼んで、泣きだした。
 雨まで降って来て、わんわんただ泣いていた。
 霧のような雨の向こうで、金色の灯火が揺れ始めて、僕は泣きながら走っていった。
 灯火を持っていたのは今の僕と同じくらいの子どもで、真っ黒い瞳のその子は、僕の頭をゆっくりゆっくり撫でた。

                     灯 火

 暗い裏々山から走って戻ったら、すぐ横に空いた穴を見下ろして、灯火を掲げた伊作先輩が立っていた。
「ゆっくりだったね」
 灯火の下で渡されたのはきんいろのあめで、ゆっくり舐めたそれが無くなる頃には僕の元気はすっかり治るだろうって知っていた。































 オレがまだずっとチビだった頃、縁の下で止まない雨を眺めていたことがあるのを覚えてる。
 空腹なんてとっくに通り越して、腹の虫も鳴かなくなって、
 ただ雨が降ったからねぐらにしていた所はもう駄目かもしれないと、そんなことをぼんやり考えていた。
 考えているうちに眠ったのかもしれない。
 口の中が甘くて、驚いて目が覚めた。
「ゆっくり、ゆっくりだよ」
 真っ黒い瞳の、今のオレと同じくらいの子どもがそう囁いた。
 舌の上で、泣きだしたくなるような甘さが転がった。

                  追 憶

 懐の中にきんいろのあめを幾つか入れている。
 伊作先輩はゆっくりだね、と苦笑する。
 お守りみたいなきんいろのあめがオレの懐から消える頃には、オレはあの甘さで泣くことはなくなるだろうと知っていた。