善法寺伊作先輩ってさ、と言いかけると、左近が僕の委員長がどうかしたかと言ってきたので、
 お前それ恋人みたいだなと言ったら真っ赤になって怒鳴られた。
 そんなわけないだろう!大体、伊作先輩は「故郷の月」なんだからおまえのは絶対誤解だ!
 故郷の月ってなんだ。
「なんで月だ?」
「夜に惹かれるからだろ」
「はあ?」
                                       故郷の月
「食満先輩がさ」
「食満先輩が?」
「こう言った。故郷の月とかけて善法寺伊作と解く。その心は」
「その心は?」
「近づくごとに印象が変わる」
 それ、印象が悪くなるってことかと聞いたら、左近は苦い苦い顔をした。おれが悪かったよ。




























「月に涙を」と聞こえた。目の前の二人で交わされるにしては、ずいぶん変わった言葉だ。

                       月に涙を

 六年生の食満先輩が本を借りに来るのは大体決まった時間だ。何故か俺の当番が多い。
 今日も戦記物だなと貸し出し手続きをしていると、留三郎、と風にまぎれるような声がした。
「長次、」
「…………」
 食満先輩も声を落としたから、目の前なのにほとんど何も聞こえない。
 そして――「月に涙を」預ける、のは?
「依存してるか」
 食満先輩が唐突に厳しい声を出した。中在家先輩は何も言わなかった。
「………そう、見えるか」
 吐き捨てるように言って、食満先輩は行ってしまった。
 俺は渡しそびれた本を持って、その時唐突に「月が誰か」に気づいた。






























 むきになって反論したのは、僕もそう思っているからだ。
 そんなことはわかっていて、でも僕は悲しくて腹がたって、走って逃げた。ら、穴に落ちた。声も出さずに落ちた。
 僕はたぶん少し気を失った。
 目を開けたら、やたらときれいな月が見えた。涙が出た。

    悲しむのは月のせい

 月でも夜でも何でもいいから、どうかこの悲しみを晴らしてよ。




























 自主練して、へたばっていたぼくを回収した善法寺先輩は、生真面目な顔でぼくの捻った足を固定していく。
「まったく、そんなところ小平太を見習わなくていいんだよ」
「七松先輩の…」
「ぼくに見つからなかったら医務室に来なかっただろう、時友くん」
 ぼくの丸くした目に気づいて、先輩はちょっと笑った。
「小平太もしょっちゅうケガ隠してて、ぼくに怒られてた」
 今もだけど、と付け加えて善法寺先輩は包帯を結ぶ。
「ぼく、七松先輩のようになれるでしょうか」
 聞くと、先輩はぼくの頭をぽんぽんと撫でた。
「追いつくのはきっと無理だ。時の流れは一方的で、絶対だから」
 見上げた先で善法寺先輩は。ぼくではない誰かに挑むように言った。
「でも、思いの深さでその長さが埋まると信じてる」
                                        年月と身
「がんばります」
 ぼくは言った。善法寺先輩は頷いた。
 やわらかい声音でぼくもがんばるよ、と言った。