空も草も咲き乱れる花も、妙に色あざやかな所を歩いている。
 でも匂いがない。光がどこから来ているかわからない。そして何か、暗い。
 嫌な気がして行列から外れると、少し先に知った顔を見つけた。
「善法寺、伊作先輩」
 呼ばわると、なぜか寝間着の先輩は、ふ、とこちらを見た。
「君はあっち」
 くるり、と冷たい両手で肩を押され、後ろに向かされる。向いた方に光が見える。
 僕はよろよろと数歩踏み出し、ぱっと振り返る。
 先輩は行列の人々に何かを渡している。渡し続けている。
 先輩、何をしているのですか。
 呼ばわると、先輩はまた、ふ、とこちらを見た。行列の人々も皆僕を見た。
 こみあげる怖気の中で、先輩がふぅわりと笑う。唇が動く。

       待っています

 目を開けると、ぐちゃぐちゃと泣いた僕の顔が――ああ違うこれは三郎だった、生きてる良かったとしがみついてきた。
 そこは医務室だったけれど、伊作先輩はいなかった。























 雷蔵が夢の中で伊作先輩に会ったらしい、と言ったら八左エ門がそれ知ってるぞ、と言った。
「三途の川的何かだろ、それ」
 不審の目で見た私に、八左エ門は語った。
 曰く、去年死にかけた時に夢の中で、白装束の伊作先輩に道を教えてもらった、と。
「行列で、変に鮮やかな草原で、先に川があるんだろ。ぼくが見たのもその夢だ」
「……寝間着っつってたぞ」
「雷蔵らしいひとくくりじゃん」
 私は口を曲げる。
「で、なんで伊作先輩だ」
「さあ? でも」
 八左エ門は、死にゆく動物をじっと見つめる時の目つきをした。
「…………を、待ってるんだ」
 私は目を細めた。
                                      来ないひと
 私は夢の中で伊作先輩に会ったりしない。来ないひとを待ち続けるものになんか。























 ああ、ここなんだな、と思った。
 鮮やかすぎる草原。灰色に沈みこんだ川。その川べりを歩いている。砂利を踏むのに音がしない。
 辺りを見回しても行列も先輩も見えず、
 どうもおれはあんまり死にかけていないか、すごく死にかけているかどっちかだな、と思った。
 川に入らないように歩いていると、ふと横の茂みでぶつりぶつりと一心不乱に草を抜いている人に気がついた。
「………、」
 呼びかけられなかった。
 白装束の善法寺伊作先輩は、ひりつくような目で、地面を睨んでいた。
 ――と、その瞳がおれを見て、
                               もう待てない

 息を荒らして目覚めたおれの傍らの戸がするりと開いて、寝巻姿の伊作先輩が入って来た。
 やあ久々知、気づいたねと額にふれる手の冷たさと、
 もう片方の手に握られた薬草が、なぜだか無性に恐ろしかった。


























来ない夜明けを待つ

 三途の川で先輩は何をしてるんですか、と聞いてみた。
 善法寺伊作先輩は、豆腐をぶつけられたような顔をした。
「ぼくがいるんなら、人助けのつもりじゃないかな」
「お前の守備範囲もついに三途の川かよ」
「やりかねないって思ってるんだろ」
「お前が死んでないならいいさ。好きにやれよ」
 食満留三郎先輩が去ってしまうと、伊作先輩はぼくを医務室に招いた。
 薬の匂いを嗅ぎながら、三途の川的何かと白装束の先輩の話をしたら、
 伊作先輩はあの川の傍に立っているような目をした。
「人を待ってるんじゃないと思うな。夜のただ中で、夜を感じてるんだ」
 先輩は、たかが夢だとぼくの話を否定しようとはしなかった。

































 正解のようなものを目撃したのはおれだった。
 それは夢ではなく、そこは鮮やかな草原ではなく、
 先輩は白装束ではなく寝間着で、明け方のことだった。
 夜明け前の闇の中で、善法寺伊作先輩は泣いていた。
 ひたと闇を見据えて、その黒い深い瞳から、ぽろぽろぽろぽろとせつない傷が口を開けていった。

       待っていたのに

 願いが叶わなかったのかもしれないと唐突におれは思った。
 だけれども、きっと伊作先輩はそれでもかの岸に立つのだろう。
 だから恐がらなくて良いんだと、戻ったら兵助に言おうと思った。