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・ 春の雪 「しのびには恋の薬があったりするのですかね」 薬草を選り分けながら、ふと善法寺くんが言った。 「おや。なぜですか?」 「惚れ薬は興奮剤ですし。恋の病は医者には治せぬと言いますし」 鎮静剤なんて答えは望んでいないことがわかるので、私はそうですね、と夢のようなことを言った。 「春の雪に願いをかけると叶うそうですよ」 次の日善法寺くんは、薬草籠に山盛りになった桜の花びらを持って、雪みたいでしょう、と微笑った。 学園の、ようやく数輪花をつけた桜が風に揺れた。 ・ 黄金の風 なんで君がここにいるの、と伊作が言った。 黄金色に枯れた草が、風を染めている。 黄金の風の中で、深い眼差しが誰を思っていたのか、俺にはわかるはずもなかった。 ・ 「伊作は」 前線に駆けて来た留三郎に聞いた。 こんなふうに敵の襲撃がある時は、留三郎は伊作の傍を離れない。近衛のように。 そしてそれが最も効率の良い勝ちへの道だ。――この六人で組む時は。 「守りはついてる」 留三郎は頑なな声で言った。 凍える音 誰が、とは聞けなかった。風を切る、重いが鋭い音。留三郎が鉄双節棍を振るう。 凍える音を出すものだと思った。 ・ 「いさ君は水だな、色は火の色だけど」 伊作の右膝に大きな猫みたいに懐きながら言うと、んー、と気のなさそうな返事が来た。 「……小平太は、雷かな」 雷は鳴るたびに、森を育てるものを風の中に増やすそうだよ。 伊作の手がわたしの髪を梳く。いいこいいこ、と言われている気になる。 「どうして水が火の色になったかな」 問うと、ぴたりと手が止まった。それはね、小平太。 火色の水 「恋をしているからだよ」 秘め言はよく知られていることだったけれど、わたしは妙に納得した。 ・ 叫ぶ眼 留三郎が伊作に向ける眼は、いつも何かを叫んでいるように見える。 それは心配だったり苛立ちだったり好奇だったりするのだが、基本的には慈しみだ。 伊作の眼は時おり、言葉をなくすほど深くなる。 そうした時、留三郎の眼が叫ぶ。涙の出るような懇願を。 夏の井戸端でそんな眼を見た。 私には愛おしさに見えた。 戻 |