洗濯日和

 鼻歌なんぞを歌いながら、包帯を干している善法寺伊作を塀の上から眺めていた。
 別にサボっているわけではない。サボった組頭を捕まえに来たのだ。
 ただし、私はこの位置から一歩でも中に入ると、あの事務員に見つかる。
 だからとりあえずここで、組頭の標的を見張っているわけだが。
「洗濯日和だねぇ」
 魂が口から出せるかと思うほど驚いた。
「あれじゃ落とすよ。手伝ってこよう」
 言い置いて、組頭は山盛りの包帯で両手も視界も塞がっている善法寺伊作の所へ飛んでいく。
「組頭!」
 続いて私も飛び出した。
 あ。しまった。見つかる。
 私は自分に翼がないのを恨めしく思った。




































 戦医とは、しのびの医者だと彼は言う。
 そんな彼の住まい、善法寺は、彼の家ではあるがしのびにとっては違うと言う。
「かりやどでいいんです」
 一つの公界であるそこは、しのびたちに不疑を与える。
 それは奇妙にしのびを安らがせる。
「疑わなくていい宿、それでいいんです。家はそれぞれにあるものだから」
 そういう彼は、けれどごく一握りにはこの仮宿を家としてもらいたいのだろう。
 例えば、仮宿としてすら一度も来ない誰かには。
                                   かりやど


























 嵐になりますよ、気をつけて。
 と言われた。
 伝えておこうと返したら、善法寺伊作は少し痛みの走るように、微笑った。
「またお前に助けられたくはないからな」
 言うと、今度は気の抜けるようにへらりと笑った。
「今度は留が出してくれませんよ」
「愛されてるな」
「ええ」
                                    
 飛びあがった、背中側から声がかかる。
「じんざさん!お気をつけて!」
 まだ嵐になっていない風では、声は紛れようがなかった。

































 わたしの話をテキトウに、そのへんに転がって聞いていた忍組頭は、
 話が茶屋で会った若い医者の話になると、ぎょっとするほどの真剣さで詰め寄って来た。
 根掘り葉掘り洗いざらい。
 そうやって問い詰められて、やっと忍組頭は包帯の向こうでにたりと笑った。
「それではわが友、兵糧奉行くん。
 次の戦までにあのひとに会ったなら、私が『独り寝にはもう飽いた』と言っていたと伝えておくれ」
 わたしは次、彼に会ったなら、変態忍が君を狙っているようだからすぐに逃げろと伝えようと思った。
 どう見てもそういう類の子ではないからだ。
「会えたならな」
「会うさ」
 わたしは雑渡が「あのひと」と言った意味も「独り寝」と表現した意味も知らなかったが、
 友の顔は何か非常な決意を秘めているように見えた。

     独 り 寝

























 善法寺伊作の同室者であるところの食満留三郎は、おれの隣で団子を貪り食っていた。
 おれはしみじみと茶をすすった。
 別に会話はない。茶屋で会って、目が合って、同時に逸らした。あいにく席がないので隣同士になった。
 あの善法寺伊作の同室だからなのだろうか、こいつのタソガレドキ忍に対する反応は、実に微妙なものだ。
 警戒をしていないわけではないが、信用しているような風すらある。
「良く食えるな」
 呟くと、まふ、と団子に齧り付いた奴は性急にそれを飲みこんだ。そして、笑った。
「なんだ」
「いや、あいつの頑固さは筋金入りだと思い出してただけだ」
 そんなことを言うからには、きっと組頭に関してだけではなく、我らに対しても何かと言われているのだろう。
 頑固、筋金入り。
 一見ぐにゃぐにゃだが、芯は超頑固な上司が思い出された。
「……鉄壁か」
「鉄壁だな」
 鉄壁同士の恋か。そう思いながらおれも団子を注文した。         鉄  壁