暮れゆく日の光が黄金色をしていて、それが赤みを帯びていくのは常のことだ。
 その日、雑渡昆奈門は暮れゆく赤に奇妙な昇ぶりを覚えて森を抜けた。
 先に広がっていた枯野原には朱色の光が満ちている。その中に、朽葉色の影がひとつ、同じように落ちている。
 しゃらしゃらと草を鳴らして近づいても、影は起き上がろうとしなかった。
 雑渡昆奈門は黒々と浮きあがる影になって、朱色の光の中にたたずんだ。

    舞 原

 朽葉色の影は少年の形をしている。
 常盤緑の制服、頭巾、右手に握られた扇と、白い狐の面。
 指がぴくりと動いたかと思うと、横たわったまま彼は、扇をゆっくりと広げてみせた。
 鈍色の雲、金と銀の草と露。朱色の光を受けた狐の面が笑ってみえた。
「似ているでしょう」
 面の奥で少しくぐもった声。扇がひら、と動く。
「面は借り物ですけど、扇はぼくのです。去年の春、」
 風に乗るように扇が動いた。彼が起きあがる。
「留三郎がくれました。こういうの好きだろって」
 言葉をぷつりと切るように風が吹き抜けた。風をあおるように、ひらり、扇が返る。
「ええ、――好きですよ」
 彼は扇をめぐらせ、頭をめぐらせ、立ちあがる。
 面の紐が長く、ゆぅらり、髷の下から揺らめく。
 ついと扇をかざして、狐の面が外される。
 手に持たれたそれは、朱色の光の下でやはり笑顔に見えた。扇がずらされ、口元が笑う。
「冬枯れの、霜が下りる前の草原が好きです。あなたは?」
 また扇がずれて、大きな黒い目がこちらを見た。
 雑渡はこの目をいつも泉のようだと思う。
「……春の、明け方の…晴れ澄んでいく空が好きだよ」
 ひら、とまた扇が返された。蝶の羽ばたきのようだ。
「ぼくが生まれて初めて見たのはそういう空だと思います」
 ひらら、と扇と同じように、彼は身を返した。
 ゆるやかに、止まらずに、動き続ける。
 楽音を知りたいと思った。
 それは決して激しくはないが、日暮れの中でよほど狂おしかった。
 雑渡は彼の名を呼ぼうとして、これが夢だと唐突に気づいた。


 夢ではあったが、それは現実に起きたことだった。
 舞扇は立派に忍具で、まるでお守りのように始終持ち歩いていたのを雑渡は知っている。
 舞を見た。後々、楽音も聞いた。
「友や愛ほし…」
 男姿で舞う女舞だから、あんなに狂おしく見えたのかもしれない。
 あの子の真意はわからなかった。

  なべて世の智恵は如何なるや
  汝が思いの秘めたるを
  甘やかなりし恋の妙を
  心しあらば吾に告げよ
  吾が持つ憂いと知りませよ

 ……彼の真意はわからなかった。
 雑渡は深い溜息をつく。古風に考えればこの夢は、彼が自分を想っているということ。
 うつろな年月を経て、再びの機会がめぐってきたということ…
 日暮れへと向かう黄金の光を見つめて、あてどなく彼を捜しに行きたいと思った。