名乗る伊作



 本当にご免よ、と腫れてきてじんじんとする頬を撫でる指の熱が、遠い。
 以前に手当てした時も思ったのだが、この人は本当に体温が遠い。骨のように、遠い。
「私の手当てでは不備もあろうが、堪忍しておくれね、保健委員長くん」
 ―――あ。
 いきなり顔を上げたので、貼った湿布が少しずれた。びくりと引かれた手を掴む。
「伊作です」
「………、は」
 包帯と頭巾の奥で僅かに見開く目を見つめる。
「雑渡昆奈門さん、ぼくの名前は善法寺伊作です」
 笑う。瞳の中に、笑うぼくが確かに映っている。
 掴んだままだった手をきゅっと握ると、その瞳がすこし緩む。
「伊作、くん」
「――はい」
 胸の奥でこみあげてきた何かが本物の笑顔になった。
「………伊作くん」
「はい」
「伊作くん」
「はい、何でしょう雑渡さん」
 笑顔でいると、雑渡さんは困ったように目を逸らすと、ああその、と何かを言いかけた。
「手を、」
「あーこなもんさんと伊作先輩なかよしさんですー」
「伏木蔵」
 先輩おケガだいじょぶですかあ、と聞いてくる小さな後輩に向き直ると、掴んでいた手がするりと抜ける。……あ。
 後輩から雑渡さんに視線を移せば、遠い熱が湿布の上を撫でる。
「ご免ね」
「、いえ」
 すこし緩んだ瞳のままで、雑渡さんは踵を返した。
 遠い熱のかすめた頬が、なぜだか奇妙に熱かった。