幸運食堂とエプロン



「なんで落とし紙なんだよッ!!」
「じゃあお前他に保健委員会っぽいもの思いつくのかよ!!」


 響き渡った怒鳴り声に、乱太郎と伏木蔵はひょいと肩をすくめた。
「先輩たちまたケンカ?」
「また……うん、またいつもの漫才みたい」
 ちら、と蒼白い顔で伏木蔵がそちらを見やれば、乱太郎が半眼で答える。


 怒鳴り返された伊作は、ん?と首をかしげた。
「生薬とか?」
「生薬〜?」
 留三郎は思いきり顔を顰めた。
「じゃあお前は石蒜か。三反田が桔梗根で川西が山梔子か。鶴町が桃仁で猪名寺が忍冬とかだろ」
「すごい留よく分かったね」
「分からいでか。部屋にあるだろ。んな手間暇かけてらんねーよ。落とし紙で我慢しとけ」
「まあいいけどさあ。なんで五枚以上あるの」
「手伝いにも要るだろが、前掛け」
「ああ、その分か。ありがとう留三郎」
「礼はいいから何か食わせろ。腹減った」


 わりと近くに設えられた厨場では、数馬と左近が生ぬるい目になっていた。
「…………前掛け、食満先輩のお手製なんだ……伊作先輩、頼んだのかな…」
「いえ、『え、何? 前掛け? なんで?』って言ってましたよビックリドッキリですよ…」
「……………」
「……………」
「………手伝いって…用具委員来る気かな」
「やめて数馬先輩ありえそうで怖すぎます」
「……っていうか、あんなに文句言ってたのに真っ先に食べに来るって、」

 と、そこでまたも怒鳴り声。
「なんなんだよこの献立表! 食欲なくすだろ!!」
「保健委員らしさを追及したらそうなったんだよッ! 仕方ないだろー!!」
「確かに保健委員らしいけどよぉ…」
「だろ? 裏なし道楽団子とか面白いだろ?」
「じゃあそれにすっか」
 数馬と左近が顔を見合わせるのと同時に、「裏なし道楽団子ひとつー!」という伊作の明るい声が飛んできた。


 団子に合わせてお茶を淹れる伊作の手元を見つめながら、留三郎が言う。
「『喫茶養生記』開いてたから茶店にするのかと思ってたんだが」
 すると伊作は手を止めて、ぷ、と頬をふくらませた。
「だって裏なし道楽団子以外、茶店っぽい献立思いつかなかったんだもん」
「そんな理由かよッ!?」


 厨場では残りの保健委員がそろいもそろって生温かい笑顔になっている。
「夫婦喧嘩…」
「夫婦漫才」
「夫婦善哉ひとつ入りまぁす」
「伏木蔵それ食べ物じゃないからねっ?」
 文化祭の朝の出来事であった。