かたい関係





  


「お願いがあるんだ」
「はい、なんでしょう」
 真っ直ぐに言ったら真っ直ぐな声が返ってきた。目線は手元から離れないが。
 つむじを斜めに見下ろしながら、雑渡はごく真面目な声で続けた。
「私と煎餅を配ってくれないか」
「はい」
 雑渡はすこし目を見開いて固まった。
「……ずいぶんと普通に返事するね」
「はあ」
 気のない声と共に、伊作の真っ黒な目が雑渡を見た。
「―――では頼むよ」
「はい」
 見つめ返した先で、つやつやした黒に彩なす光が煙るようにゆるんだ。
 ならば、弾んだ声だと思ったのは間違いではないだろう。


   























  

 なぜ煎餅なのか、なぜ配るのか――はこの際、どうでも良かった。
 祭りのような賑わいの市の真ん中で、伊作は大きな唐草の包みを抱えて立っている。
 梅雨の晴れ間を抜ける風が心地よくうなじをくすぐった。伊作はちろりと横に並び立つ男を窺って、口元をゆるめる。
 ――楽しい。
 わきたつような嬉しさが、わくわくと胸を鳴らす。
 伊作の隣で男、雑渡昆奈門は、思案気に指の背を唇に当てている。
 その指の骨の線を伊作はひどく旨そうなものに思った。
 想像の中で指を食んでみる。かつりと頑なな音を立てて歯が骨に当たる。
 見えない骨が、雑渡の芯そのものに思えた。外からは見えない。形が窺えるだけ……
「行こうか」
 掠れた穏やかな声が風よりもさりげなく耳を打った。
「はい」
 きっと声に喜びがにじんだだろう。雑渡がすこし不思議にためらうのが感じられた。


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