かたい関係 1 「お願いがあるんだ」 「はい、なんでしょう」 真っ直ぐに言ったら真っ直ぐな声が返ってきた。目線は手元から離れないが。 つむじを斜めに見下ろしながら、雑渡はごく真面目な声で続けた。 「私と煎餅を配ってくれないか」 「はい」 雑渡はすこし目を見開いて固まった。 「……ずいぶんと普通に返事するね」 「はあ」 気のない声と共に、伊作の真っ黒な目が雑渡を見た。 「―――では頼むよ」 「はい」 見つめ返した先で、つやつやした黒に彩なす光が煙るようにゆるんだ。 ならば、弾んだ声だと思ったのは間違いではないだろう。 → 2 なぜ煎餅なのか、なぜ配るのか――はこの際、どうでも良かった。 祭りのような賑わいの市の真ん中で、伊作は大きな唐草の包みを抱えて立っている。 梅雨の晴れ間を抜ける風が心地よくうなじをくすぐった。伊作はちろりと横に並び立つ男を窺って、口元をゆるめる。 ――楽しい。 わきたつような嬉しさが、わくわくと胸を鳴らす。 伊作の隣で男、雑渡昆奈門は、思案気に指の背を唇に当てている。 その指の骨の線を伊作はひどく旨そうなものに思った。 想像の中で指を食んでみる。かつりと頑なな音を立てて歯が骨に当たる。 見えない骨が、雑渡の芯そのものに思えた。外からは見えない。形が窺えるだけ…… 「行こうか」 掠れた穏やかな声が風よりもさりげなく耳を打った。 「はい」 きっと声に喜びがにじんだだろう。雑渡がすこし不思議にためらうのが感じられた。 ← ・ → 戻 |