山本陣内の一度目の訪問は、物みなぼんやりと霞む黄昏時のことだった。

「生きて下さいよ」
 第一声に、雑渡昆奈門は包帯だらけの身体をきしませて、ふふふと笑った。
 笑ってばかりで何とも返事をしないのに、陣内は焦れたようだった。
「小頭」
 子どもを叱るようなきっぱりとした呼びかけに、昆奈門は口ばかりでなく、引き攣れた顔をびりびりと曲げて笑みのかたちを作った。
「小頭はお前だろう」
 そんなふうに吐いた声は身体と同じように煤けているはずだったが、陣内は軽く眉を上げただけだった。
「代理です」
「いやいや」
「あなたに生きて頂かないと困ります」
「…………」
 昆奈門は言い返そうとして黙った。それほど陣内の声音は途方にくれていた。
 ぴくっとするほどに冷たい指先が、昆奈門の右の瞼に触れた。左目にも触れているようだったが、感覚はあまり無かった。
「――目玉があるのかい」
 いっそ甲高い声が喉から飛び出て、昆奈門はぎくりと黙ろうとした。だが言葉は止まらなかった。
「爆ぜたかと」
「そう簡単に無くなりません」
 陣内は今度はいかにもぶすくれた声音で言った。
「そう簡単に、楽にもしてさしあげられません」
 つめたい指先がかすかに震えた。
 ―――楽にしてやれ。そんな声が聞こえる気がする。聞いたことがある。命じたこともある。
 背いても罰せられない唯一の命令だったが、背く者はまずいない。けれど。
 かふ、と煤を吐くような咳をした。驚いたように離れる指を追いかけて、昆奈門の声は迸った。
「何か小さいのがね、そりゃあもう甲斐甲斐しく世話をしてくれてる。見舞客もよく追い返している。陣内、お前も見つかったら怒られるよ」
 二度目の笑みのかたちは、やはりびりびりと肉を引き攣れさせたが、先程よりもうまく出来たように昆奈門は思った。
「父親じゃなくて、私のこととは、諸泉は律義者だって、知ってたけど、私はきっと目が覚めるなら陣左だろうと思っていたから、
 お前の差し金でも多分、嬉しいんだ、陣左は、火だから、」
 迸る言葉の途中で、陣内は深々と頭を下げた。息を飲むように昆奈門の声は途切れた。
「留まって下さって有難うございます」
「…………」
 昆奈門はぷいと顔をそむけた。背やら肩やらがぎしぎし言った。
「狼の言い種ではないが私は火薬は嫌いだね」
 陣内は深く頭を垂れたまま、どうやらほんの少し笑ったようだった。
 昆奈門は目を閉じる。心の臓の音がする。と同時に、傷という傷が疼く。まだ生きていると叫ぶ。
「陣内」
 ほとんど囁きに近い声で言うと、衣擦れの音がして、陣内の気配はすこし変わった。昆奈門はそちらを見なかった。
「なあ陣内、炎は熱かった。私は、爆死は熱いのか冷たいのか痛いのか、よもや何かすっきりとするのか考えていたよ」
「……小頭」
「華々しくてさっぱりなら、あの人が望みそうなことだってね」
「小頭!」
 陣内の声は悲鳴のようだった。
 昆奈門はそちらを見ようとしなかった。
 きりきりとした沈黙があった。やがて、かすかな、本当にかすかな泣き声のような溜息が聞こえた。
「―――昆奈門さま」
 ぎしぎしと骨を軋ませて、昆奈門は陣内に向き直った。
「炎の中で何を悟ったんですか」
「炎の中は、」
 顔も何もひとつも動かなかったけれど、今自分は確かに笑っていると、それが陣内に見えていると昆奈門は思った。
「葬儀だったよ」